【はじめての方へ:陸前高田応援団の活動について】

JUGEMテーマ:大震災後の復興支援

 

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私は、陸前高田応援団という名前で、岩手県陸前高田市の復興を応援する活動をしています。現地の名産、米崎りんごを使ったジュースやジャム、復興グッズなどを、普段はネットショップで、時々イベント出展で販売しています。また、米崎りんごをはじめとした陸前高田の美味しいものを紹介する試食会を開催し、写真を交えながら陸前高田の今の様子を伝えています。

 

【活動を始めるきっかけ】

東日本大震災以前、私は陸前高田とは何の関わりもありませんでした。

2011311日当時、私は会社員で、4歳の娘を保育園に預け、5ヶ月の息子の育児休職中でした。

夫は大学の少林寺拳法部の監督をしていて、春合宿中でした。千葉の九十九里にて被災し、津波で宿が水没、練習場所の体育館が避難所となり一夜を過ごしました。

ひと月後、夫は学生を連れて、宿の片付けの手伝いに行きました。初めての復興ボランティアでした。

少林寺拳法の先生で、ご実家が陸前高田にあり、今でもほぼ毎週埼玉からボランティア活動に通っている先生がいらっしゃいます。その先生を中心に、少林寺拳法陸前高田復興チームが発足、今も活動が続いています。20115月に初めて陸前高田に行って以来、夫もその一員となり、以後は年に数回、ボランティアとして陸前高田を訪れています。

夫から被災地の状況を聞くにつれ、自分にも何かできないかと思いました。

しかし、当時は子どもも小さく、特に会社への復職後は、会社と二ヶ所の保育園(当時は姉弟別々の園でした)と家を周回しているだけの毎日で、人ののために何かできる状態ではありませんでした。夫がボランティアに行く週末に子どもたちと留守番をすることが精一杯でした。

20131月、会社の早期退職の募集に応じ、17年近く勤めた会社を退職しました。会社では人事部に所属し、女性社員の活躍を推進する仕事をしていましたとてもやりがいのある仕事でしたが、先に会社員から経営者に転身した夫の勧めもあり、復興支援の活動を始める良い機会と捉え退職しました。

退職前に久しぶりにお会いした会社の先輩から、陸前高田市の戸羽市長のトークライブへお誘いいただきました。子どもたちを連れての夜の外出はその時が初めてでしたが、どうしても行きたかったので、タクシーで30分ほどの会場ヘ行き、満員の親子席からガラス越しに戸羽市長のお話をうかがいました。

ご自身も津波で奥様を亡くされた市長のお話は、ユーモアを交え明るく、視線は常に前を向いていました。市長から「被災地にすむ人たちの一番の願いは、被災地を忘れないで欲しい、気持ちを向けて欲しいということ」というメッセージを受け取り、それなら私にもできる、何かしたい、という気持ちになりました。

会社員時代の私と同じように、復興支援のために何かしたいが、子どもが小さいなど、現地にボランティアに行くことは難しく、募金は一通りしたが他にも何かできないか、と思っている方々の気持ちを、現地へつなぐ活動をしたいと思いました。

夫から、陸前高田の物産をネットショップにて販売してはどうかと勧められました。夫の仕事は靴小売業で、夫はネット販売を担当しています。

私は商売は初めてでしたがネットショップをやってみることに決めました。

元々何のつながりもない土地ですので、商品の仕入先も全て新規開拓です。ネットで調べたNPO法人や各種団体へ、商品を扱わせて欲しいとお願いしました。

201312月にネットショップをオープンしました。名前を陸前高田応援団とつけたのは、たとえ現地に行けなくても、そこにすむ人たちへ気持ちを向けることを大切にし、日常生活の中で無理なく息長く応援していく、という気持ちからです。

 

【活動の変遷】

20143月、民生委員をしている叔母が、地元の福祉イベントへの出展を勧めてくれたことを皮切りに、イベント出展による販売も始めました。

イベントではお客様に陸前高田の状況を直接お話しすることができるので、とてもやりがいがあります。一方で、東北や震災のことについてお客様のほうが詳しいことも多く、自分の知識が不充分であることも知りました。

イベントでご一緒した方から別のイベントにお誘いを受けたり、私の活動を知った方が、イベントを紹介してくれたりして、だんだんと出展の機会が増えて行きました。これまでに19回のイベントに出展しました。

 

陸前高田応援団のフェイスブックページも始めました。イベントのご案内の他、ボランティアの様子や陸前高田の観光スポットなどもご紹介しています。記事を見た方に、少しでも陸前高田の復興に関心を持っていただけたら嬉しいです。

 

試食会はやらないのか?という声をいただき、201510月から試食会、ランチ会、交流会などを開催しています。米崎りんごやジュース、ジャムなどを使ったランチやデザートを楽しみながら、陸前高田の現状について写真を交えて伝える企画は好評で、これまでに8回開催し、いずれも盛況となっています。

交流会では、参加者同士の交流を陸前高田のことを知っていただくことは勿論ですが、参加者同士の交流も重視し、同じ復興支援という志の元に集まった方同士をお繋ぎするという役割を意識しています。交流会は今後も継続して開催していきますので、まだ参加されたことのない方には是非ご参加頂きたいです。

 

 

 

 

【大事にしていること】

この活動のお客様は、陸前高田に暮らす方々です。その方々のお気持ちに沿うことを最も大事にしたいと考え、できるだけ現地の方の生の声を聞くようにしています。2014年には、仮設住宅にて、お住まいの方からお話を伺いました。

私が受け止めた現地の方々の気持ちは、東京では震災のことなどもう忘れられているのではないか、オリンピックのために復興が遅れることや、人々の気持ちが東北に向かなくなることが心配だ、といったことでした。

私の役割は、被災地から遠く離れたところにすむ人々に、ほんの少し東北や陸前高田の復興にも気持ちを向けましょう、と発信し続け、そのような方を一人でも増やすことです。これが現地の方々のご希望に沿っていて、自分にも無理なくできることと捉え、活動の主軸としています。

 

 

【商品のご紹介】

メインの商品は、陸前高田の米崎りんごを使ったジュースとジャムです。

陸前高田で120年作られている米崎りんごは、全国でもめずらしい、海の見えるりんご園で育ちます。海辺のため温暖な気候で霜の降りるのが遅く、12月までりんごを木の上で完熟させることができます。このため、甘みの強い、美味しいりんごができます。

米崎りんごは、震災前は近隣地域への出荷が主で、東京に流通することはなく、知る人ぞ知るおいしいりんごでした。

震災後、農家が急速に減少する中、米崎りんごをブランド化し広める取り組みが始まりました。NPO法人が事業を立ち上げ、20162月からはその担当者が起業し、現在は個人で事業を行っています。

私はこの事業の開始時から、ジュースとジャムの販売を行ってきました。2015年には、ジュースを200本、ジャムを150個ほど販売しました。

りんごジュースは、果汁100%、熱処理をしないストレートジュースですので、しぼりたてそのままの味わいです。お客様から「ジュースとは思えない」「まるで白ワインのような味わい」と好評いただいています。特別な日の飲み物としてお酒替わりに使っていただくなど、ファンを増やしてきています。

りんごジャムは、砂糖は控えめで、りんごの味が感じられます。甘いジャムが苦手な方にも好評です。

米崎りんごは平成26年に放射能検査を行っており、安全性が確認されています。

 

現在の取り扱い商品は次のとおりです。

・まつぼっくりちゃんグッズ(高田松原の松をイメージしたキャラクター商品。売上の一部が陸前高田市の子どもたちのために使われます。)

・上向き地蔵(陸前高田の女性団体が作っている、上を向いているお地蔵様。)

・「桜ライン311」木札ストラップ(津波の到達地点に桜の木を植え、津波のことを後世に伝えるプロジェクトの公式グッズ。売上の一部がNPO法人桜ライン311に寄付されます)

・りんごケーキ、ゆずシフォンなど、現地の産物を使ったお菓子(期間限定)

EAST LOOP手づくりブローチ(売上の半額が作り手の方の収入になります)

陸前高田応援団ネットショップで購入できます。(http://takata-ouen.com/

 

【ボランティア活動について】夫が参加しているボランティア活動は、年月の経過とともに内容が変わってきています。

震災直後は、個人の家の泥出し、片付けが主でした。次に、牡蠣の養殖いかだの修復、側溝の泥出し(遺骨や遺品がでます)などが多くなりました。側溝は2014年頃まで続きました。

津波の到達地点に桜の木を植え、後世に伝える「桜ライン311プロジェクト」の支援も継続的に行っています。年2回、春と秋に行われる植樹会のための準備(竹や木の伐採・通路をつける)、炊き出しなどがあります。

高田松原を守る活動もあります。震災前、高田松原には7万本の松林がありましたが、津波で壊滅し、たった一本残った「奇跡の一本松」は現在剥製になって観光スポットとなりました。

高田松原を再生するため、松の苗木の移植や、松を支えるための竹を切り出す作業もあります。

また、草刈りや、山の木の伐採、片付け、農作業など、震災前は地元の方が行っていたが、震災後、人の減少や移動によりできなくなった作業をボランティアが担う場合もあります。

陸前高田では現在も200名の行方不明者がいて、震災から5年たった今も、古川沼では遺骨遺品の捜索が行われています。ここは震災後に一度、行政による捜索がありましたが、その後も復興工事の合間をぬって、ボランティアによる捜索が断続的に行われてきました。2016年に行方不明者家族による再捜索署名活動が行われ、行政に嘆願書が提出されています。

このように、今でもボランティアのニーズはありますが、参加人数は震災後に比較して減ってきています。少林寺拳法陸前高田チームには、少林寺拳法とは関係ない方もたくさん参加しています。もしボランティアをやってみたいが一人では参加しにくい、と感じている方がいらっしゃいましたら、お繋ぎしますので遠慮なくご連絡下さい。宿泊拠点も装備もあり、車に相乗りで行きますので、初心者でも安心して参加できます。

 

【今後の展望】

陸前高田出身ではない私がこのような活動を始め、継続しているのは、ボランティア関係者をはじめ、これまでに私が出会った陸前高田の復興に関わる方々が頑張っている姿をみて、応援したいと思ったからです。人の思いに共感した時に人は動くということを身を持って知りました。

そしてありがたいことに、今度は私の思いに共感して、支えてくださる方々が現れ始めています。

イベント出展時にボランティアで店を手伝って下さる方、リピートのお客様、またボランティアに行く夫に仕入れを頼んだ際、自宅まで車で送って下さるボランティア仲間の方には、いつも助けて頂いています。

フレンチのシェフによる陸前高田の食材を使ったフレンチ会の開催、交流会をカフェの店員さんが米崎りんごを使ったデザートを特別に用意してくださる交流会など、協力して下さる方のお力も借りて、一人ではできない活動も始めています。助けてくださるみなさまに、心より御礼申し上げます。

復興を応援する気持ちを表す活動に枠や制限は要りません。現地の方のお気持ちに沿ったものである限り、今後も自由な発想で活動していきます。

 

 

 

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